千早亭小倉の「スケッチコメディ」

ここなら安心、心の安寧、架空の街ココアン区の日常です。

完全共感体ダダダさん/自分褒め

登場人物:

  • 臼葉(うすば): 36歳男性。「ぽんちょ」社員。奇行が多く、自己肯定感が低い。「なんで自分は苗字だけなのか」と内心思っている。
  • ダダダさん: 60歳男性。完全共感体。口癖は「ほんとだねー」。
  • 中野小春(なかの こはる): 36歳女性。「ぽんちょ」パート職員。臼葉の同僚。
  • 鶴亀昌子(つるかめ まさこ): 34歳女性。「ぽんちょ」社員。進行管理担当。愛称「かめちゃん」。

舞台: 編集プロダクション「ぽんちょ」の雑然としたオフィスの一角。昼休み。


(シーン開始)

臼葉:(デスクで一人、ブツブツと呟いている。目の下にはクマがあり、表情は暗い)今朝のNHKあさイチ』見たんだよな……ゲストの俳優さんが言ってた。「競泳の選手が泳ぐ前に身体をパシパシ叩くのも、自分褒めの一種」だって。よし、臼葉、お前は、今日も(言葉に詰まる)、今日も、ちゃんと、息してる、えらい、のか? これで合ってるのか……? うわああああ!(突然、奇声を発して頭を掻きむしる)

小春:(お弁当を食べながら、心配そうに)臼葉さん、大丈夫ですか? さっきから唸り声が聞こえますけど……。

臼葉:(ハッとして小春を見る)あ、中野さん。いや、なんでもないです。ちょっと、こう、自己肯定感を高めようかと……。

昌子:(PC作業の手を止め、呆れたように)また変なことしてる。臼葉さん、自分を褒めるなんて、柄じゃないでしょ。そんな暇あったら、あの作家のゲラ、隠し場所から探しといてよ。

臼葉: か、隠してませんよ! あれは先生が自分で置き忘れたんです! それに、柄じゃなくても、たまには褒められたいし、褒めてみたいんですよ! なんで僕だけ苗字だけなんだ? これも自己肯定感が下がる一因なんですよ、きっと……。褒めようとしても、何て言えばいいか分からなくて。何か言っても、これでいいのかって不安になるし……。

小春: ああ、今朝の『あさイチ』の、競泳選手がパシパシ叩く話ですね。臼葉さんも、編集者なんだから、それっぽいのやってみたらどうですか? 例えば、だれも気づかないような誤植を発見した時には、「ナイス校正眼、自分!」って言って、自分のまぶたをぐりぐりするとか。

昌子: あんた、それじゃただの変な人でしょ。もっと編集者らしいのあるじゃない。タスクリストの完了した項目に、普通のチェックじゃなくて、編集部御用達の赤ペンで、でっかく「やりぃ!」って書き込むのよ! 「やりぃが増えて、私のやりがいアップ!」って念じながらね。 紙媒体への愛を自分に向けるの。

臼葉: (小春と昌子の提案に、やや引きながら)ええっと……まぶたぐりぐりと、赤ペンで「やりぃ」ですか……。それはそれで、ちょっと人目が気になりそうな……。それに、僕、デジタルでタスク管理してるんで、「やりぃ」って書く紙がないんですけど……。

(そこへ、ふらりと、完全共感体「ダダダさん」が現れる)

ダダダさん: ほんとだね~。自分を褒めるのって、難しいよね~。でも、まぶぐりも赤ペンやりぃも、なんだか楽しそうだね~。

臼葉: ダダダさん! そうなんですよ! 難しい上に、提案が独特で……。

小春: ダダダさんは、いつも私たちの話に「ほんとだねー」って共感してくれますけど、ご自分のことは褒めないんですか?

ダダダさん: え? 僕が? 自分を?

昌子: そうよ。いつも人に共感してるんだから、たまにはセルフ共感、いや、セルフ褒めでもしてみたら? ダダダさんだって、えらいところの一つや二つ、あるでしょ。

ダダダさん: ほんとだね~。(意を決して)さっきの「ほんとだね~」のタイミングも絶妙だったね~。

(ダダダさん、少し照れたように、しかし満足げに頷く)

臼葉:(微妙な顔で)……あの、ダダダさん。

ダダダさん: ん? なんだい?

臼葉: ダダダさんが自分を褒めてると、こっちが「ほんとだねー」って言いたくなっちゃいますね……。

ダダダさん:(パッと顔を輝かせ)ほんとだねー!

小春:(苦笑い)

昌子:(ため息)

(結局、いつもの調子に戻るダダダさん。臼葉は肩を落とし、小春と昌子は顔を見合わせる。それでも、結構ハッピーな雰囲気が漂う)

(シーン終了)